Hoaが教えてくれたこと

ベトナム人で仲の良い友達がいる。

 

2014年から2年半くらいの期間、東京でシェアハウスに住んでいた。そこは日本人と外国人が一緒に住み、日本にいながらボーダーレスな生活ができるというコンセプトの家だった。当時の自分は英語を話せるようになるため色んな方法を試していたが、結局勉強嫌いな自分に最適な方法は見つからずネットサーフィンしていたところ「日本にいながら外国人と暮らせる」という文字に手が止まり、次の瞬間には申し込みクリックし、2週間後にはそこに住んでいた。10ヵ国以上の友達ができ今でも連絡を取り合うくらい密度の濃い仲間が作れた。人生の中でもTop3に入る楽しい時間だった。

 

住んでいたシェアハウスにベトナムからインターンシップでやってきて一緒に住んでいた時期があった。彼女は3ヶ月しか日本にいなかったがすごく仲良くなった。とてもインターナショナルで、社交的で英語も上手い。ベトナムの印象はフォーくらいしか知らない当時に「ベトナム人は◯◯な人っぽい」というイメージが生まれた。そして去年、自分がベトナムのホーチミンに移り住むことを彼女に伝えると、

 

「それは凄いね!」「あたしはハノイに住んでるけどいつかまた会おう!」

 

となり、2018~2019年の年末年始にハノイを訪れた時に再開した。日本で出会った友達と海外で再開することは中々に感慨深いものだ。その再開から半年後、チャットが届く。

 

「Hey Yuki!! あたし転職してホーチミンに住むことになったわ!よろしくね!」

 

なんと、、、それはアツいねとなり、最近も月1くらいで遊ぶようになった。2019年の年末、いきなり「サイゴンを出たいから週末旅行に行こう!」と誘われて、weekends tripをすることに。ホーチミンから3時間くらいかけて北上したところにあるビーチエリアにきた。海とカフェくらいしかなく、他にないもないので、お互いKindleで読書したり、自然と二人で話し込む時間が増えた。

 

「Yuki、何読んでるの?」

「◯◯っていう本だよ。日本語だけどね」

「ねぇ聞きたいんだけど、100年前の日本語の本とか日本人読めるの?」

「あぁ小説とかは普通に理解できるんじゃない?でも大昔の古文とかは今と全く言葉が違うから、勉強していないと現代の日本人は読めないよね」

「なるほどね。ベトナムも今の字体はフランス植民地時代に定着してそれより前は漢字っぽいのも使ってたよー」

 

実はこういう話はベトナム人とは中々出来ない。話を聞いていると「わたしベトナム合わない」と言い出す。最近好きな人(ドイツ人)が出来たのだが色々折り合いがつかず関係としては上手くいっていないとのこと。

 

「前の彼氏もドイツ人だったよね?あんたヨーロピアン好きね〜」

「そういう訳じゃない。ベトナム人男性は中々私を好きになってくれない。」

「色々考えているけどわたし、いつかシンガポールで働きたいと思ってる。あそこはアジアの中でも特別。ベトナム人”らしくない”自分も認めてくれる環境がある。」

 

と言う。自分がベトナムに来て、ベトナム人と日々付き合っていく中で彼女は明らかにGeneralなベトナム人ではないことに気づいた。オープンマインドで独立心が強く、外資系のマーケティング会社に勤めるほど頭も良く優秀だ。これは、言葉に気をつけなくてはいけないが彼ら彼女らの多くは、将来に憂いがなく今を楽しく生きること、家族や友人を大切にすること、それ以外はあまり頭にないと感じることが多い。会話をしていても、日本人同士の飲み会で話されるような「仕事での悩み」「キャリア形成について」「生き方について」には中々ならない。将来の夢や不安などはあまり感じ取れない。

 

ベトナムも大半はドメスティック。日本が島国だからそうなのではなかった。日本で生まれ育ち、地元から一度も出ずにそこで穏やかにくらいしてる同世代よりも、自分と同じ指向性を持った外国人の方が話が合う。

 

良い悪いではなく、自分の指向性・価値観・生き方が直に反映される。ますますどこの国の出身かは関係なく、パーソナリティの時代なのだなと実感した。彼女は彼女なりにベトナムを憂いていた。ベトナムの中ではマイノリティな方なのかもしれない。インターネットができて、世界中のありとあらゆる情報が即時的に手に入るようになったことで、層の分断が進んでいるのかな。自分がどこで生き、どこで暮らし、誰とどのように生きてくかは行動し続けて探していく以外に道はなさそうと、ふと思った。

 

Hoa と Weekends Trip にて

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